バイオエタノールと食料危機

バイオエタノールは、トウモロコシやさとうきびから作られる。

最近、バイオエタノールの需要を見込み、トウモロコシの価格は上昇を続けている。

といっても、多くの人は、「とうもろこし?あんまり食べないし、関係ないよ」と言うかもしれない。

しかし、多いに関係ある。

トウモロコシは、日本では家畜の飼料に使われている。

トウモロコシの価格が上がれば、当然、鶏肉や豚肉、牛肉の価格も上昇する。

さとうきびを原料にしたバイオエタノールは、ブラジルでの生産がさかんだ。

ブラジルでは、これまでオレンジを生産していた場所をさとうきびに変える動きが出ているという。

これにより、日本の飲料水メーカーはジュースの価格を上げることを決めた。

ここでもうひとつ頭に入れておきたいことに、“中国”の存在がある。

中国では、豊かな層が増え、食の欧米化が進んでいる。

中国の人口を考えると、その勢いは「爆食」とも言われている。

世界の食料をその胃袋を満たすために、中国が買いあさるという事態になれば、世界は大混乱に陥るだろう。

このような状況を考えれば、食料を原料として使うバイオエタノールを、とても手放しでは受け入れられない。

日本の食糧自給率は40%。

これは先進国の中でも、異常に低い。

日本は、工業国としてWTO体制を推し進めようとしている。

「関税が撤廃され、安い食料が入ってくることは消費者の利益になる」という。

しかし、果たして本当にそうだろうか?

食料自給率が低いということは、他国の状況に左右されやすいということだ。

「食べること」は、「生きること」

「食べること」を軽んじれば、その代償はあまりにも大きい。

わたしはそう感じる。

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バイオ燃料とグローバリゼイション

いよいよ27日からバイオ燃料の販売が始まる。

「バイオガソリン」の名称で、首都圏50箇所のスタンドで販売される。

3月にベトナムからある男性が、彼の妻と共に来日した。

彼の名前はグエン・ドク。

あの「べトちゃん、ドクちゃん」として知られる弟のドクさんだ。

彼らが、ベトナム戦争で米軍が散布した「枯葉剤」の影響で、結合双生児としてこの世に生を受けたことは、多くの日本人が知っている。

当然、この「枯葉剤」の存在も多くの日本人が知っている。

しかし、この「枯葉剤」を製造した会社のことは、あまり知られていない。

この「枯葉剤」を作った企業「モンサント」は、種苗会社を買収し、遺伝子組み換え作物の研究開発に多額の投資をしている。

日本は、最大の遺伝子組み換え作物の輸入国。

わたしたちは、べトちゃんドクちゃんの姿を見て涙し、彼らの体を切り離す手術が成功したとき、ほっと安堵した。

その一方で、わたしたちは彼らの運命を変えた「枯葉剤」を製造した企業を、遺伝子組み換え作物を食べることで支え続けている。

どこの誰が、どうやって作ったかわからないものを買う。食べる。使う。

これが、今、世界中がそれを望むと望むまいと、飲み込まれようとしているグローバリゼイションなのだ。

そこには、「汚染」と「破壊」と「搾取」が存在している。

ちなみに、日本で一番売れている農薬は、モンサント社のものだという。

今回、日本に輸入されたバイオエタノールは、フランスから輸入されたものであり、遺伝子組み換え作物は使用されていないかもしれない。

しかし、このままバイオエタノールが推進されていくことに、わたしは疑問を感じる。

アメリカでは、とうもろこしの作付けの6割が遺伝子組み換えであり、全体の20%がバイオエタノールの原料として使われている。

もし、わたしたちが、お互いを助け合うことでグローバリゼイションを受け入れるなら、世界はすばらしいものになるかもしれない。

しかし、そこには、「信頼」と「平和」と、なによりも、「愛」が存在しなければならない。

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統一地方選挙

明日はいよいよ統一地方選。

予定もあるので朝一番で、夫と投票に行くつもり。

知人も出馬しているので、結果がとても気になる。

と言っても残念ながら、その人に投票はできないけれど。

選挙区が違うので。

でも、「○○さん、よい知らせが届くのを祈ってます!」

気になると言えば、都知事選も気になります。

わたしの周りでは、2月ごろから都知事選関係のメールが飛び交っていましたが。

都知事選、選挙権があれば、わたしも投票したいぐらいです(^^;)

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遺伝子組み換え作物とバイオエタノール

今、世界中が石油代替エネルギーとして、“植物”に注目している。

さとうきび、パームヤシ、トウモロコシ等から作られるバイオ燃料だ。

米国とブラジルが世界の約7割のエタノールを生産している。

ブラジルのバイオエタノールは、主にさとうきびから生産されている。

米国のバイオエタノールは、主にトウモロコシから生産されている。

米国では、作付けの約6割が遺伝子組み換えのトウモロコシ。

トウモロコシの約20%がエタノールに使われている。

相当量の遺伝子組み換えトウモロコシが、バイオエタノールに使われていると想像される。

シカゴ市場では、トウモロコシの需要の拡大をみこんだファンドのお金が流れ込んでいる。

このマネーがシカゴ市場の相場を押し上げ、トウモロコシの価格は、かつてない勢いで上昇している。

つまりは、トウモロコシは、今、もっとも魅力的な投資先のひとつになっているということ。

最近は、日本のマスコミもバイオエタノールのことを取り上げている。

しかし、その原料が遺伝子組み換えのトウモロコシであることは触れられていない。

「燃料として燃やしてしまうので、たとえ遺伝子組み換えのトウモロコシを使っても、環境、ならびに人体に与える影響はない」という意見もある。

しかし、米国ではこんな遺伝子組み換えトウモロコシが存在する。

『その遺伝子組み換えトウモロコシを食べた害虫は、トウモロコシのどの部分を食べても死んでしまう』

これは、害虫からトウモロコシを「守る」ために遺伝子操作されているから。

このようなトウモロコシからできたバイオエタノールを燃やして、“本当”に、問題はないのだろうか?

ネイティブ・アメリカンと呼ばれる人たちにとって、トウモロコシは聖なるもの。

生命そのも。

彼らが大切にしてきたトウモロコシが、今、「彼らの母なる大地」を蝕んでいる・・・。

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タミフルと米政府の関係

タミフルを服用後の飛び降り事故が、後を絶たない。

しかも亡くなっているのは、少年や少女たちだ。

このタミフルという薬、「スイスの製薬会社(ロシュ)」が製造と日本では報道されている。

しかし、タミフルは90年代にアメリカの「ギリアド・サイエンセズ」というバイテク企業が開発したもの。

売り上げの10%を特許料としてロシュが支払い、独占的に製造している。

ラムズフェルド前国防長官は、01年までギリアドの会長職にあり、その後も株を所有し2006年1月の時点で、株価上昇に伴い、100万ドルの利益を上げている。

また、元国務長官のジョージ・シュルツ氏も株の利益により、70万ドルを手にしたと言われている。

日本は、タミフルの世界シェアの75~80%を占めている。

厚生労働省は、「異常行動とタミフルに因果関係はない」という中間報告をまとめている。

しかし、これ以上犠牲者をださないためにも、服用を中止すべきなのではないだろうか?

厚生労働省の最終調査結果が出されるのは、今秋だという・・・。

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素朴な疑問

先日、「世界に格差をばら撒いたグローバリムを正す」という本をここで取り上げた。

そして、著者であるジョセフ・E・スティグリッツ氏が、「世界に格差をばら撒いたグローバリズムを正す」よりも以前に書かれた「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」を読んでみた。

「世界を不幸に・・・」のほうが先に書かれた本であり、日本での出版は20025月。

この2冊を読んで疑問に感じたことがある。

日経新聞を読んでいても、感じることだが、「経済は本当に成長するのだろうか?」ということ。

「経済の持続可能な成長」という時、「持続可能」という言葉の中に、「永遠性」を求めているように感じるのは、わたしだけだろうか?

わたしは経済の知識はまったくありません。

だから、“たわごと”と思ってください。

でも、経済の知識がないからこそ「素朴な疑問」として、「経済は本当に成長するのだろうか?」と感じてしまう。

自然界を見渡したときに、永遠に成長するものは残念ながら、ない。

どんなに長く成長したものでも、どんなに大きく成長したものでも、必ず、「死」が訪れる。

体は、土へ帰り、スピリットは(おそらく)光の世界へと帰っていく。

それは、壮大な営みの中の一部であり、循環の中の一部である。

自然界は、「循環」することで、「永遠性」を保ち続けている。

そう考えると、「持続可能な成長(つまりは永遠の成長)」というのは、ありえないと思うのはわたしだけだろうか?

スティグリッツ氏が言われているように、「もうひとつの世界」は、可能であるとわたしも思う。

しかし、それは「成長する経済の世界」ではなく、「循環する経済の世界」のように思う。

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「ホテル ルワンダ」

「見たい」と思いつつ、映画館で見ることができなかった映画。

この映画もそんな中の1本。

この映画の中にこんなせりふがある。

ルワンダを取材で訪れたカメラマンの言葉。

「世界中の人々はあの映像を見て、“怖いね”と言うだけでディナーを続ける」

私自身が、この「ディナーを続ける世界中の人々の中のひとり」であったことを認めなければならない。

そう、あの日までは・・・。

世界中で起きている悲惨な出来事を、「かわいそうで、見ていられない・・・」と、目をそらしてやり過ごしていた。

でも、それはきれいごと。

実際には、自分とは、「関係のない出来事」としてみて見ぬふりをしていただけ。

でも・・・。

あの日を境にしてわたしの人生は、変わってしまった。

(その日からの出来事は、いつかこのブログにも書くことができるかもしれません・・・。私自身の準備ができた時に・・・)

あの日から、わたしは、「目に見えない力」によって導かれてきた。

このブログを始めたのも、その「力」に導かれてのこと。

もう、「ディナーを続ける世界中の人々の中のひとり」に戻ることはできない。

もし、わたしが、それを望んだとしても。

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「世界がもし日本だったら」

「世界中の国が、もし日本だったら、地球は3ヶ月でなくなります」

と聞いたら、あなたはどうしますか?

ドキュメンタリー映画の監督である高岩仁さんが書いた「戦争案内」という本の中に、こんな記述がある。

『物理学者として国際的な活動をしてこられた押田勇雄先生が、ゼミの学生を総動員して調査された結果です。

今日本人が毎日消費している物質を、すべてカロリーに換算してみると、もし世界中の人々が日本人と同等の消費をするようになったら、地球上のあらゆる物質が、3ヶ月で枯渇してしまうという結論になりました』

・・・・・・・・・。

これは、この本を読んだときのわたしの感想。

本はまだ続いている。

『しかもアメリカ人は、日本人の10倍の消費をしています』

ということは、もし「世界中の国が、もしアメリカだったら」、「9日間」で地球上からすべてのものがなくなってしまうことになる。

ここ数日、グローバリゼイション、格差社会、貧困という内容について書いた。

あらためて自分自身に問いかけたいと思った。

「お前は、今まで手にしてきたものを手放す準備ができているか?」と。

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バレンタインデーとフェアトレード

今日はバレンタインデー。

この日を胸をときめかせながら待ったのは、遠い昔。

朝、テレビで、「今日はバレンタインデーですね~」と言っているのを聞いて、すかさず夫が一言。

「チョコレート、いらないから」

あっそっ。

という感じ。

とそれはさておき、今年はテレビでもフェアトレードのチョコレートのことが取り上げられている。

「奴隷」などもうとっくにいなくなったと思っている人も多いかもしれないけれど、実は世界には「奴隷」として働かされている人々、子どもたちがたくさんいる。

その原因のひとつは、不公平な貿易のしくみ。

それを改善し、生産者を支援し、助けていこうというのが公平貿易、フェアトレード。

ちなみに我が家では、ここ数年、写真のフェアトレードの紅茶を愛飲している。

(写真が見づらくてすみません)

おいしくて飲みやすい。

値段は、100g800円でおつりがくるぐらい。

ちょっと割高感はあるかもしれない。

でも、これが「適正な価格」だとすれば、安い紅茶は「不適正な価格」と言うことができる。

『小さなことでもなにかを始めれば、大きな力になると信じたい』

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「ダーウィンの悪夢」

そこに拡がっていたのは、苦しみと悲しみとどうしようもない絶望だった・・・。

「ダーウィンの悪夢」を見に行ってきた。

涙も出ないほど絶望的な世界・・・。

これ以上の言葉はない。

もし、あなたが「世界の平和」を願うなら、ぜひ、この映画を見て欲しい。

そして、わたしたちの「豊かな生活」が途上国の人たちの大きな犠牲の上に成り立っていることを知って欲しい。

昨日、わたしは「世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す」という本についてここに書いた。

この映画は、映像でわたしたちにその「世界」を見せてくれる。

「悪夢」のような世界。

しかし、「悪夢」の中にいるのは彼らなのだろうか?

「悪夢」の中にいるのはわたしたちのほうではないだろうか?

共に地球に生きる彼らから、搾取し続け、「豊かさ」を謳歌しているわたしたちこそ、「悪夢」の中にいるのではないだろうか?

「悪夢」であっても「夢」ならば、いつかは覚める。

わたしたちは、この「悪夢」を終わらせることができる。

そう信じている。

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「世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す」

「格差社会」という言葉が、聞かれるようになったのはいつからだろうか?

これは、なにも日本だけのことではない。

世界中で格差は拡がり、そしてそれぞれの国の中でも格差は拡がっている。

持つものはさらに持ち、持たざるものはさらに貧しくなっている。

そこに経済のグローバル化の問題はある。

この「世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す」(ジョセフ・E・スティグリッツ著、楡井浩一訳、徳間書店)は、その問題点を浮き彫りにする。

一番の問題点は、アメリカを中心とした経済システムだ。

IMFや世界銀行の存在、WTOなどがあげられる。

(筆者は世界銀行にいたことがあり、批判はIMFに向けられたものが多いが)

アメリカに有利になるように仕組みが作られ、その仕組みが他の国(特に途上国)に押し付けられる。

そして、工業先進国(この中には日本も入る)が、途上国の労働力を、そして資源を「搾取」し続けている点に一番の問題がある。

この過程で発展途上国の主権の大部分は奪われていく。

その「搾取」がうまく続くように作られているのが、アメリカ中心の経済システムと言える。

しかし、筆者は、このグローバリズムを軌道修正し、「もうひとつの世界は可能だ」と説く。

それには「先進国の人たちの意識改革が必要だ」と言っている。

世界の格差に目を向けること、それは日本の格差に目を向けることとイコールだとわたしは感じている。

世界は、わたしたちが思うよりもずっと、ある部分では、小さくなっているのかもしれない。

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日本重点戦略会議

安倍政権の不協和音が鳴り止まない。

ところで、この「日本重点戦略会議」とは、ワールドワイドで展開する企業の、企業戦略のための会議の名称ではない。

正式には、「子どもと家族を応援する日本重点戦略会議」。

これは、2月から官邸主導で少子化対策をまとめるための会議の名称。

もうここからすでに、あの柳沢大臣の暴言は始まっているのではないだろうか?

この会議に参加するメンバーは、閣僚9人、有識者7人の計16人。

このうち女性は、たった3人。

しかもこの中に医療関係者は、1人もいない。

池田守男日本経団連少子化対策委員会会長の名前はあるのに。

この国の女性たちが、子どもを産まなくなった理由は様々だと思う。

体や心になにかしらの問題を抱えている場合もあるし、経済的な理由かもしれない。

設備の整った病院が近くになく、不安を抱えている人もいるだろう。

持たないことを選択した人もいるだろう。

欲しくても授からない人もいるだろう。

そこにはひとりひとりに異なった理由がある。

柳沢大臣は、「人口推計についてわかりやすく説明するつもりだった」と弁明しているが、この考えの根底には、ただ数の論理があるだけで、わたしたち女性の「それぞれの異なった理由」などは一切無視されている。

子どもを授かりたいと願う女性たちは、将来の年金が不足するから子どもを生みたいわけでもなく、国力が低下するから生みたいわけでもない。

ただ、愛する人のこどもを生みたいだけだ。

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危うい時

先日、数人の友人と出かけた帰り道の出来事。

その中のHさんと帰る方向が一緒だったわたしは、駅のホームで2人で電車が来るのを待っていた。

なんの話からそんな会話になったのか覚えていないが、ふと彼女が「憲法が改正されて9条が無くなってしまって、徴兵制になったらどうしよう・・・?これから子どもを生むのって不安じゃない?」と言った。

もちろんまじめに言ったのである。

彼女には男の子がいる。彼はまだ小さい。

わたしのまわりには、9条が無くなることを危惧している人たちがいる。

ほとんどは幼い男の子を持つ母たちだ。

今、この日本列島に暮らす多くの人たちは、日本がまた戦争へと走り出すなどとは考えてもいない。

しかし・・・。

今のこの状況が戦前にとてもよく似ているという言葉を、わたしは戦争を経験された方から今年の夏に聞いた。

そして、やはり今夏、祖母から初めて祖母の戦争体験を聞いた。

空襲で真っ赤になった空。

「空が燃えていた」と祖母は言った。

翌日、難を逃れた祖母は、親戚のためにおにぎりを持っていくように言われ、道の両側に死体が重なる中を自転車をこいだ。

「祖母」という身近な人間から聞く戦争の話は、今までのだれの話よりもわたしの心に迫ってきた。

昨日、防衛庁が防衛省になることが決定した。

・・・わたしたちは、今、危うい時に生きている・・・。

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教育基本法改正

「人間」をコントロールするうえで「教育」ほど重要な役割を果たすものはない。

幼い頃から刷り込まれたことは、いつしかその人間にとって「真実」となってゆく。

かつてアメリカ先住民、アボリジニの人たちに行われた「同化政策」は、とても厳しいものだった。

幼い子どもたちが親や生まれ育った土地から引き離され、見知らぬ土地で自分たちの言葉を奪われ英語を強制され、キリスト教徒になるための教育、白人に同化するための教育がなされた。

昨日、教育基本法が改正された。

いったいこの日本列島で暮らすどれだけの人が、改正案に目を通したのだろうか?

そして、教育基本法が改正されることが自分たちに与える影響について、どれだけの人が真剣に考えただろうか?

受験重視の教育は、自分で考える力を奪っていく。

「本当の自分」を破壊していく。

「その人」が「その人」として生きていくためになされる、すべての行為を「教育」というのだとわたしは思っている。

けして「その人」以外のなにかになるためのものではない。

今からでも遅くはない、「改正教育基本法」に目を通し、それがわたしたちに与える影響について真剣に考えるべきだろう。

わたしたちはそれぞれが、たったひとりの「わたし」という存在になるために生まれてきたのだから。

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「世界を見る目が変わる50の事実」

友人に借りた本を最近読み終えた。

タイトルは、「世界を見る目が変わる50の事実」 ジェシカ・ウイリアムズ

タイトルにもあるように、世界で起きている50の「事実」を数ページずつ紹介している。

「アメリカ人の3人に1人は、エイリアンがすでに地球に来たと信じている」

「英国では総選挙の投票者数よりも、テレビ番組でアイドル選びに投票した人のほうが多い」

なんていうとぼけた題がつけられているものから、

「世界で3人に1人は戦時下に暮らしている」

「世界にはいまも2700万人の奴隷がいる」

というとても見過ごせないものまで、さまざまな話題が取り上げられている。

約250ページの中に50の内容が盛り込まれているので、ひとつひとつの内容について深く理解することはページ数の関係からも到底できない。

しかし、50の中のたった1つでも真剣に考えたい、また考えなければいけないだろうと感じた。

もし、「先進国」と言われる国に生きるわたしたちひとりひとりが、50の中のたった1つでも真剣に考えれば、「なにかが変わる」と信じたい・・・。

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遅ればせながら・・・。

先週末、遅ればせながら「華氏911」を見た。

夫の実家で、夫と夫の母とわたしという奇妙な取り合わせで、夕食後にダイニングテーブルの上に母のノート型パソコンを置き「鑑賞会」となった。

わたしと夫はマイケル・ムーア作品はこれまでも何本か見ていたし、わたしは、田中宇氏の「仕組まれた911」や田中優氏の「戦争って環境問題と関係ないと思ってた」などを読んでいたので、「再確認」的に見ていたのだが、母の反応はすごかった。

映画そのものよりも母の反応のほうが、印象に残っているほどだ。

「エ~、何これ?」

「・・・どういうこと?」

「ヒドイ!」

「じゃー、グルだってこと?」

「     ・・・・・     」

「   !!!!!!  」

「     ???    」

と彼女の頭の中はフル回転になってしまったようだ。

免疫のない人がこの手の情報が一度に入ってきたら、たぶんこうなるだろうなと思った。

911の時に、ペンタゴンから5kmほどのところに住んでいた友人が911の直後、確か翌日か2日後ぐらいだったと思うが、ペンタゴンの前で撮った写真をメールで送ってくれた。

あの時は、その写真を取っておくことが、なにか悪いことのような気がして、数日後には消去してしまったのだが、今でもその写真の印象は覚えている。

それは、「不自然」なほど「ハッキリ」写っていたということだ。

ワールドトレードセンター周辺が、すさまじい粉塵により近づくことさえできなかったことに比べ、その写真はペンタゴンのかなり近くで撮られていた。

そして、破壊された状況が「鮮明」に写っていたと記憶している。

それがあまりに「ハッキリ」写っていたので、あのときはあまりに生々しくて消去してしまったのだ。

今、アメリカ国民の30%以上の人たちが、911にはなんらかの陰謀が絡んでいると考えているという。

わたしたちの知らないところで、知らされないところで世界は動き、ほんの一握りの人たちの利益のために恐ろしいことが起きているのかもしれない・・・。

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「インドの時代」

ヒンドゥー教、タージマハル、チャイ、アーユルヴェーダ、カースト制度、ウパニシャッド、IT産業、そしてBRICs・・・あーそれから2人のサイババ。

なんとも乏しい知識しか持たないわたしが、「インドの時代   豊かさと苦悩の幕開け」というタイトルの本を読もうと思ったのは、今年の夏にある方から聞いた話がきっかけだった。

その方は、今夏、インド人の友人のおじょうさんの結婚式に呼ばれインドへ向かった。

そこでこんな話を聞いたという。

「インドの農村部では、モンサントの遺伝子組み換え作物が入ってきて、農民の暮らしは立ち行かなくなり、自殺者が急増していて、法律で自殺を認めるように訴えている」

聞き流してしまうには、あまりにもショックな話だった。

この話を聞いた数週間後だったと思うが、「インドの時代」が日経新聞の日曜日の書籍紹介欄に掲載された。

もしかしたら、なにかわかるかも?と思い図書館で借りることにした。

結論から言えば、著者の中島岳志氏があとがきで記しているように、農村部のひとたちのことは、ほんのわずかしか触れていない。

しかし・・・。

この本を読み進めていくうちに「この本は、インドのことを書いているのだろうか?」と思った。

子どもをよりよい学校に入れ、よりよい職に就かせるための受験戦争。

拡大するグローバリゼイションの渦に飲み込まれ、自分がどこに立っているのかさえも見失った人たち。

経済的豊かさを手にしながらも、満たされないなにかを抱え「真の豊かさ」を模索する姿。

どこかの国と同じじゃないか!

もちろん全編を通して宗教的な側面からのアプローチが続き、インドのことであるのは間違いないのだが・・・。

あまりの日本との共通点の多さにビックリ!という感じだった。

富める国と貧しき国。

持つ者と持たざる者。

いったい母なる大地に立つわたしたちは、どこへ向かおうとしているのだろう・・・?

そんな思いが胸をよぎった1冊だった。

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10,600という数字

北朝鮮が、核実験を昨日行った。

これは、もちろん、非難されるべきことである。

愚かな行為である。

しかし、ここでひとつ考えなければならないことがある。

10,600という数字についてだ。

これは、北朝鮮が二国間での対話を望んでいるアメリカの所有する核弾頭の数だ。

実戦配備されているものと貯蔵されているもの、合わせて10、600個あるという。

マスコミは、今回の北朝鮮の核実験とこれまでに他国がおこなってきた実験を比較して、北朝鮮の実験を非難している部分がある。

「大国は、砂漠などでおこなっています」などという表現がそうだ。

アメリカは、これまで多くの地下核実験をおこなってきた。

それらのほとんどは、「砂漠」でおこなわれてきた。

人の住んでいない不毛の土地・・・。

だから、その場所で核実験をしていいというのだろうか?

マスコミが「砂漠」と言っているその場所は、かつて、ネイティブ・アメリカンと呼ばれる人たちの土地だった。

彼らにとっての「聖なる土地」を彼らから奪い、アメリカは、核実験をおこなっている。

わたしたちは、そのことをしっかりと心に刻まなければならない。

今日は、昨日行った日本青年館での加藤登紀子さんの「八ッ場いのちの輝き」というライブについて書くつもりだったのだが・・・。

八ッ場というのは、群馬県吾妻郡長野原町の川原畑、川原湯地区のことで、昨日は、この土地に造られようとしている、とんでもないダムのことを多くの人に知ってもらうという趣旨で、ライブが開催された。

この「とんでもないダム」のことは、いつかゆっくり書くことになると思う・・・。

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かってな妄想

今日は、新横浜にWTO/FTA市民フォーラムに行ってきた。

タイトルは「地域が変われば、世界が変わる」。

いろいろな分野のパネリストの方が、興味深いお話をしてくださった。

そんな中で印象に残ったのが、NPOあしがらの会の笹村出さんだった。

穏やかな語り口だが、おっしゃることはけっこう辛口だったり、でも、その中にユーモアがあって、すっかりお話に引き込まれてしまった。

小規模農業の大切さ、自給自足のお話などをしてくださった。

そんなお話の中で、こんな言葉にわたしは、釘付けになってしまった。

「化石燃料は、できるだけ使いません」

・・・そうか・・・やっぱり・・・めしはかまど、風呂も薪、暖を取るのは、火鉢か・・・灯りは、やっぱり、ランプだよな・・・。

そして、質問の時間にもっと詳しくお聞きしようと思い、「化石燃料をできるだけ使わないとおっしゃいましたが、もう少し教えていただけませんか?」と思い切って質問した。

すると、静かにこうおっしゃられた。

「旬のものを作るのが基本ですので、ビニールハウスなどは使いませんし、イネは手で植えますし、稲刈りも手でおこなっています」

・・・・・。・・・・・。

・・・そうだよな~。今時、薪の生活のわけないじゃんか・・・。

つい、自分の周りに幼いころあった生活を思い出し、かってな妄想をいだいてしまった。

それはともかく・・・。

グローバリズムが加速する中で、「豊かさとはなにか」をあらためて考えさせられる1日だった。

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