聖なる穀物

久しぶりのアップです。

2ヶ月半ぶり。

この間いろいろなことがありすぎて、なかなか文字にすることができませんでした。

心と体のバランスをとるのがこんなにも難しいことだったのか・・・と思う日々でした。

まず、苦しかったのは玄米菜食でバランスをとることの難しさに直面したことです。

これまでもマクロビオティックを続けてきましたが、かなりいい加減だったり、陰陽も適当でした。

マクロの料理教室に行き始めたのをきっかけにハードにしていったのですが、わたしには玄米と野菜でバランスをとるのはかなり厳しかったです。

そして、玄米を食べ続けるなかでわたしの中で疑問として沸いてきたことがありました。

それは、「米」は本当に日本列島に暮らすわたしたちにとって主食なのかってことです。

誤解を招かないように書いておきますが、わたしは玄米が大好きです。念のため。

大好きですが、でも、玄米と野菜でバランスをとるのはすごく難しい。

様々な中毒症状を起こしながら、これって排毒?と自分に問いかけながらこの半年過ごしてきましたが、こんなつらいことをいったい何のためにやっているんだろう?と正直思いました。

「ばっかじゃないの~? みんな肉も魚も玉子も食べてるじゃない!」となんど自分に言ったかわかりません。

でも、そう言いながらもマクロを止めようと思わなかったのは、この先に何かがあるという気がしていたからでしょう。

「こんなに食べ物があるのに、物もたくさんあふれているのに、なぜ、こんなに満たされずに多くの人が生きているの?」

そのことの答えが見つかるような気がしたからでしょう。

この2ヶ月の間、わたしのバランスをとってくれたのは“雑穀”と呼ばれている小さなつぶつぶたちでした。

わたしたちの祖先が食べ続け、大切にしてきた小さな粒たち。

日本列島に暮らすわたしたちにとっての“聖なる穀物”

それはこの小さな粒たち。

特に“ひえ”なのではないだろうか?そんなことを心と体で感じた2ヶ月間。

わたしの“聖なる穀物”を探す旅は始まったばかり。

これからも、自分の心と体と魂で感じたことを時々ですが、書き綴っていきたいと思っています。

最後までお読みくださってありがとうございました。

Tipi

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断食

こんな時間にパソコンの前に座っているなんて何ヶ月ぶりでしょう?

というよりもパソコンの前にいること事態、久しぶりです。

なにしろ、今月の初めに38度代の熱を出したのをきっかけに、3日間の断食をしたため体調管理に気を配らなければなりませんでした。

熱の原因は、マクロビオティックの好転反応ということにしていますが、おそらくは、粉物と白米の食べすぎでしょう^^;)

砂糖を止めるために一時止めていた粉物を再開。

それに加えて昨年暮れにいただいた白米20キロを消化せねば、とかなり食べていたため、体が悲鳴をあげたのでしょう。

熱は一日で下がったものの、こんなチャンスはそうはないと断食をしたのですが、長年溜め込んできた老廃物はそうそう簡単になくならないものです。

それでも回復期も慎重に食事制限をし、玄米クリームから小豆粥へと移行し、少しずつ量を増やしていくと、肩や首のコリが少しずつ取れていくのがわかります。

コリは、体の問題だけではなく心の問題とも関係していますので、これからもバランスを保つことを心がけなければと思っています。

3日間の断食は今回が初めてでしたが、体のことだけではなく心の奥深くまで入り込むことができ、自分の内面と向きあえた貴重な体験でした。

体だけではなく、心にもいろいろ溜め込んでいたんだ~と感じました。

心に溜め込むから、体にいろいろなものが溜まると言い換えることもできるかもしれませんね。

断食をやってなんだか吹っ切れてたというか、心を軽くできたこと。

それは、子どものこと。

マクロビオティックをはじめたのはそもそも、体質改善をして子どもを欲しいと思ったから。

あれから3年。

いい加減にやっていたせいか、妊娠する気配はなく・・・(いい加減にやっていたからあたり前かも?^^;)

でも、今回の断食で、なんだか体も軽くなり、心も軽くなったといいますか。

まあ、いっか、授かるときは授かるし、授からないときはそれもまた人生さ~、となんだか吹っ切れたといいましょうか。

決してあきらめたわけではないのですが、まっ、いいっかとなったのです。

そして、わたしらしく生きること、それが一番大切なんだよな~と思い至ったわけです。

心にいろいろなものを溜め込みやすい時代、時には1日ぐらいのソフト断食もいいかもしれません。

でも、ある程度の期間、断食するのであれば、指導者のもとで行うほうがよいと思います。

断食することよりも、食事を戻していくときのほうが神経を使いますので。

最後までお読みくださってありがとうございます。

Tipi

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今年の目標

新年はじめてのアップです。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年の目標、もう、みなさんはたてられましたか?

わたしのことしの目標は、「断糖」です。

正確には、「断上白糖」です。

わたしは約3年前からマクロビオティックを実践し(最近までいい加減でしたが^^;)、ここでマクロビオティックに関して、何度も書いています。

最近は、マクロビネタばかり書いています。

なぜ、わたしがここまでマクロビにこだわるかと言いますと、食べものが人の心と体に大きな影響を与えるということを、この3年間で自分の身体を通して実感しているからです。

そして、なぜ、上白糖を断つことを今年の目標にしたかといいますと、肉や魚、卵、乳製品は比較的簡単に止めることができますが、上白糖を断つこは、とても難しいからです。

わたしの経験ですが、肉や魚という動物性たんぱく質は、豆腐、納豆などの植物性のたんぱく質に置き換えることが、比較的容易です。

しかし、糖分の摂取の仕方は、とても難しいと感じています。

というのも、外食などした場合お肉やお魚などは、その料理の中に使われているかどうかがすぐにわかりますが、上白糖は見た目ではわからないからです。

上白糖のように精製されたものは体への、吸収がすばやいため体へ、特に精神面への負担がとても大きいです。

これもわたしの経験ですが、上白糖をある程度の量摂取すると、鬱になります。

そしてさらに摂取すると、感情の起伏が大きくなり、キレやすくなります。

さらに摂取すると、かなり危険な状態、自分ではコントロールが効かないぐらいになります。

こうなると、精神状態を安定させるのに、断食しなければならなくなります。

というわけで、今年の目標を「断糖」にしようと思ったわけです。

できれば、玄米と野菜から取る以外の糖分は、断ちたいというのが本当のところですが・・・。

この母なる大地に生きる全ての生き物は、母なる大地の細胞のひとつひとつ。

その細胞のひとつひとつが元気になれば、母なる大地も元気になるはず。

そんな思いをこめて今年の目標をたてました。

最後までお読みくださってありがとうございます。

Tipi

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うれしい(?)誤算

マクロビオティック“的”食生活から、マクロビオティック食生活へと軌道修正して、早数ヶ月。

今までどうやってもやせなかった足が細くなったことは、前回、ここに書きました。

太ももは、本当に立派なぐらい太かったので、細くなったのはとってもうれしいのですが、7cm細くなるといろいろと困ることがでてきます。

当然、今まではいていたパンツ類はぶかぶかです。

“また上の浅いパンツ”として売られていたものが、今ではすっかり“また上の深いパンツ”になってしまいました。

すっかり履き心地が悪くなり、最近はスカートをはくことが多くなりました。

こんなときはスカートのほうが融通が利きます。

とはいえ、マクロビだけで足が細くなったわけではありません。

念のため。

歩けるときは、1日に5~7kmほど歩き、しっかり汗をかいたことが相乗効果になっていると思います。

この季節、外を歩くのは、鼻水が出たりして(^^;)ちょっとかっこ悪いですが、でも、雲ひとつない青い空の下を歩くのは、とっても気持ちいいですよ♪

ぜひ、お試しを!

最後までお読みくださってありがとうございます。

Tipi

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7部づきササニシキ

今日は、夫が出張でいないため、ちょっとのんびり出かけてきました。

横浜市営地下鉄のセンター北駅近くのノースポートの中にある、プランツのレストランで一人でランチしてきました♪

初めてレストランで食事しましたが、とってもおいしかったです!

ここはマクロビレストランではありませんが、菜食メニューがあり、それをいただきました。

今日のご飯は、7部づきのササニシキでした。

日によって玄米だったり7部づきだったり、違うようです。

家では、いつもはあきたこまちを食べているので、その食感の違いが驚きでした。

あきたこまちやコシヒカリは、水分が多くもっちりした感じなのに、ササニシキはさっぱりという感じ。

これは、もう好みの問題になるのかもしれませんが、ササニシキ、おいしかったです!

本当は、少しでもいいから買って帰りたかったのですが、今、我が家は米大臣でして。

玄米と白米で25キロぐらいあるのです(^^;)

白米は全て夫の実家からいただいたもので、夫の伯父の田んぼで採れたものと、新潟産コシヒカリ。

本当にありがたいことですが、2人家族のうちにはもったいない量です。

そして、玄米は5キロを2ヶ月に1度、友人たちと無農薬のものを農家の方から直接購入しています。

来月は、購入の月。

と、そんな訳で、買いたい気持ちをぐっと抑えて帰宅いたしました。

いつになるかわかりませんが、家のお米を食べきったら、ササニシキ、買ってみたいです!

お店の方のお話だと、ササニシキのほうが日本での歴史は古いとか。

「日本人に古くから、なじみのあるお米なら体も心もさらに元気になるかしら~?」などと思ってしまいました!

最後までお読みくださってありがとうございます。

Tipi

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再開

久しぶりにアップできそうです。

10月に更新して以来2ヶ月ぶりです。

この約2ヶ月の間に、わたしの周りはめまぐるしく変化しました。

でも、これは必然(?)とも思うのですが。

マクロビオティックの食事法を生活に取り入れて、もう少しで3年になりますが、これまではかなり適当だったといいますか、いい加減だったといいますか。

それを反省し、この2ヶ月、家では、砂糖を抜き、料理酒、みりんも使わない、パンも食べないというハードな食生活を続けていました。

そのため、今回は好転反応がしっかり出て、初めの1ヶ月ぐらいは痛みやだるさ、眠気というものに悩まされていました。

それが一段落すると、禁断症状のようにお肉や玉子、お菓子が頭の中をちらつくようになりました。

牛肉など、マクロビを取り入れる以前もめったに口にしたことがないのに、「あ~、ステーキが食べたい」などと思ったり。

でも、それもほんの数日で去って行き、次は、「あ~、ハンバーグが食べたい」などと思ったり。

そして、それも数日。

それが一通り終わると、老廃物が出始めたのか、体重が減り始め、今までどうやっても細くならなかった足が細くなり始めました。

なんと今年の3月ごろと比べると太ももは、約7cm細くなりました!

体調も以前よりずっとよくなり、疲れにくくなり、疲れても翌日すっかり回復します。

睡眠時間も5時間ほどで十分です。

今は、なにやら自分が、それまでいた世界とは別の世界に足を踏み入れたような、そんな感覚です。

この2ヶ月にわたしの周りで起きたこと、そして、わたし自身に起きた事は、少しずつ、ここに綴っていきたいと思っています。

最後までお読みくださって、ありがとうございます。

Tipi

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Jちゃんのひとこと

今年の夏の始まりにおともだちになったJちゃんは、風のように自由に生きているステキな女性。

体の健康を保つための知識も豊富で、会話が尽きません。

そんなJちゃんも玄米派。

でも、動物性のものもいただくので、マクロビオティック実践者ではありません。

2ヶ月ぐらい前でしょうか、Jちゃんと会話していたときのことです。

Jちゃんの、「マクロビやっているのに冷え性なんですか~?」の一言に、

ドキッ!

いえ、

グサッ!

となってしまいました。

慌てて、「改善はしたのよ~」とは言ったものの、この一言はやっぱり、わたしにとって、

ドキッ!グサッ!だったわけです。

そして9月のドーナツ事件もあり、このままではいけないとマクロビにもう一度真剣に取り組もうと食事改善をしております。

これまでのわたしの食生活は、玄米と野菜を食べていたというだけで、マクロビになっていなかったのだと基本に返り本を読み返し納得。

あらためて、冷え性によい食事に調整したところ、効果バッチリです♪

血液の循環がよくなってきたので、肩と首のコリもさらに改善されてきました。

ありがとう、玄米さん。

ありがとう、マクロビ。

という感じです。

そして、なにより、ありがとうJちゃんです。

今回のことでマクロビ生活って、結局、自分の心と体を愛することなんだな~と感じました。

自分の心と体の声に耳を傾けること、マクロビに限らず、これって大事なことですよね。

最後までお読みくださってありがとうございます。

Tipi

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布ナプキン生活

布ナプキンを使いはじめてからどれくらい経つでしょうか?

1年半?

いえ、もう2年になります。

特にひどい月経痛があったわけでもなく、量が多かったわけでもないわたしは、初めは、ごみを減らせれば、ぐらいの軽い気持ちで始めました。

なので、100%布ナプキンというわけではなく、普通のナプキンも状況にあわせて、時々使っています。

無理すると続きませんから^^)

そんな感じで気楽に始めた布ナプ生活ですから、時には、「洗うのめんどくさいな~」と思いながらも2年続いております。

でも・・・。

最近、ふと、布ナプキンを洗っていると、言葉でうまく言えませんが、自分の女性の部分をとてもいとおしく感じることがあります。

わたしには子どもはいませんが、「こうやって、わたしの体の中ではいろいろなことが毎月毎月起こっているんだな~」と思うと、体の不思議といいますか、子どもを生むことの不思議さを、感じます。

こんなあったか~い気持ちにしてくれる布ナプ生活、ちょっとめんどーなときもありますが、試してみる価値あるかもしれません。

これからの季節、おしりもあったかいですしね^^)

最後までお読みくださってありがとうございます。

Tipi

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豪雨

わたしは、ずっと長い間、友人にすら、自分の弱い部分を見せずに、出さずに生きてきた。

つっぱって、強がって、かっこつけて、ある意味「いいひと」を演じて生きてきた。

明るくふるまって生きてきた。

でも・・・、最近、思う。

「なさけなくても、弱くても、かっこ悪くてもいいじゃないか」って。

「暗いところがあってもいいじゃないか」って。

「そんなところもぜ~んぶひっくるめて、わたしなんだから」って。

悲しみから逃れようとして、なにかでごまかしても、逃れることはできない。

寂しさをごまかそうとして、なにかへ逃げ込むこともできない。

全部、全部、わたしなんだから。

つっぱって、強がって、かっこつけて、「いいひと」を演じて生きてきた、わたしもわたし。

明るくふるまって生きてきた、わたしもわたし。

だけど・・・。

もう自分自身に嘘をつくのは止めよう。

自分自身に嘘をつき続けるのは、苦しすぎる。

---今日、関東地方は豪雨だった。

激しい雨は、自分に嘘をついていた自分を洗い流してくれた気がする・・・。

自分の心を見つめることになった5月。

明日からは、夏至の日をむかえる準備を始める。

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浄化

もうずいぶん前になるけれど、男友達に、「ティピはいつも逃げている」と言われたことがあった。

そう、あのころのわたしは、逃げてばかりいた。

寂しさ、悲しみ、苦しみ、痛み・・・。

それらの感情から逃げるために、毎晩のように飲み歩き、身体を壊したこともあった。

仕事関係でもらったディスコ(あのころはクラブじゃなかった!)のVIPカードを手に、夜な夜な踊っていたあのころ。

すべてをごまかすために。

自分が絶望しきっていることにも気づかず、大切な人を傷つけていることにさえ気づかなかった。

・・・そして・・・、今、そのときに「視る」はずだった心の動きを、見つめている。

ただ、肯定も否定もせず、ただ、心の動きを見つめている。

その、ときに苦痛を伴う作業は、わたしにとっての浄化なのかもしれない・・・。

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やり場のない怒り

昨日は、結局、実家へは行くのは中止にした。

というのもちょうど起きた時に、母から電話があり、状況が変わったことを聞かされた。

わたしは、普段、感情を激しく表に出すことはあまりない。

しかし、昨日はさすがにキレた!!!

声を荒げるわたしに、電話の向こうで母がかなり引いているのがわかる。

今回の家族間のトラブル、そしてわたしの心の動揺は、ある公共事業と関連がある。

このブログを書き始めた時、どうしても書きたいと思うことがいくつかあった。

この公共事業については、書きたいことの最たるものであるのに、どうしても書けずにいる。

この公共事業が進めば、わたしは、自分の大切な場所、ふるさとを失うことになる。

わたしと“母なる大地”を結ぶ場所を失うことになる。

わたしは、それを認めたくないし、大切な場所を失いたくない。

しかし、工事は進み、山は崩され、緑は剥ぎ取られ、母なる大地は無残な姿に変わっていく。

その姿を見るのがあまりにつらく、わたしは昨年の秋からその場所へ行くことができずにいる。

大地がえぐりとられていくその姿を見ると、わたしは自分の体と心をえぐりとられるような感覚をおぼえる。

ある方に、「しっかりとその姿を目に焼き付けておきなさい」と言われたことがある。

しかし、わたしにはそれができない・・・。

・・・あまりにもその姿はつらすぎる・・・。

母へぶつけた怒りは、家族に対する怒りであると同時に、大切な場所を失うやり場のない怒りでもあった。

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自分探し

いつ頃からだろう?

雑誌等で、「本当の自分」、「自分探し」、「自分探しの旅」等という言葉を目にするようになったのは。

「本当の自分」を求めて、聖地へ、などということもはやっていた。

正直に言えば、かつてのわたしは、そんな中のひとりだったような気がする。

セドナへと行ったのは、「自分探し」ではなかったけれど、確かにセドナへ行ったことで人生が変わったことは間違いない。

その後、カウンセラーになることを考えて心理学を学んでいたときも、心のどこかに「自分探し」という言葉が存在していた。

それでは、セドナへ行って、心理学を学んで、「本当の自分が見つかったか?」といえば、

答えは、NO。

しかし、今のわたしは、「自分」が、「ここ」にいることを知っている。

当たり前のことだ。

この当たり前のことを知るまでに、なんと時間のかかったことか!

「本当の自分」を探し求めて、どこかを旅することを否定するつもりはない。

心理学や占い、あるいは宗教に救いを求めることを否定するつもりもない。

でも、「自分」が、「ここ」にいるという単純だが大切なことに、あなたが本当に気づくとき、すべては輝きを持ってあなたの前に現れる・・・。

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色の世界

かつて、色の無い世界を生きていたことがあった。

着る服はいつも黒。

黒以外の色は着ることができなかった。

両親が離婚したころのこと。

そのころ、黒以外の色は存在していなかった。

すこし時が流れ、白を着るようになり、やがてベージュを着るようになった。

また時が流れ、グリーン系の服を着るようになり、むらさきを着るようになった。

「色」に関心を持ったのは、このころからかもしれない。

黒しか着れなかったころ、心だけではなく体も、黒以外の色を拒絶していた。

「色」について学ぶようになって知ったことだが、「黒」という色は外からの抑圧から自分を守ろうとするときに使う色。

あのころ、両親の離婚という外から抑圧から、無意識のうちに自分を守ろうとしていたのかもしれない。

そして、緑は精神的な疲労から回復しようとして使う色。

無彩色の世界から、わずかに色味を持ったベージュの世界へ。

そして、緑の世界。

少しずつ回復し始めた心と体が、この色を求めたのかもしれない。

でも、この色はわたしの似合う色ではない。

心と体が求めた色。

そして、むらさきの世界へ。

むらさきは、再生の色。

エネルギーの強い色なので心と体のバランスがとれていないと着るのが難しい。

むらさきは、わたしの一番好きな色であり、一番似合う色。

この色を着ることができる今が、心と体のバランスがよい状態なのだと思う。

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マクロビ的生活

マクロビ的生活を始めて、2年が過ぎた。

マクロビオティックとは、とってもとっても簡単にいうと玄米菜食主義のこと。

もう少し付け加えると、食べものには陰陽があり、そのバランスをとることにより、心と体のバランスを整えられるというもの。

とは言え、わたしの場合はあくまでも、マクロビ“的”生活。

平日は玄米菜食、週末は、少量のお魚やチーズ類、時にはお肉をいただくこともある。

これは、家族や友人に合わせてのこと。

マクロビオティックを知ったのは10年以上前だけれど、肉、魚、玉子、乳製品を食べない暮らしというのが想像できず、結局、そのときは縁がなかった。

そんなわたしがマクロビ生活を始めたのは、体質改善のため。

肩こりや首のはりがひどく、シップをはったり、マッサージにかかったり、ストレッチをしたけれど、あまり効果が実感できなかったため。

肩こりや首のはりも以前よりは改善されてきたけれど、マクロビ生活が2年以上続いているのは、肩や首のこりへの効果よりも、精神的な部分が大きい。

以前は、感情のコントロールがうまくいかず、何度、心療内科や精神科で受診しようと思ったかわからない。

わたしがどうにか心のバランスを崩さずにいられたのは、自分自身にカウンセリングを行う過程で、「カラー(色)」を使った独自のセラピーを考えついたから。

そこへこのマクロビオティックを取り入れたことによって、わたしの精神状態はよりバランスの取れた状態になった。

取り入れたのは単なる偶然だけど(^^;)

でも、“偶然”には意味があり、“偶然”は、“必然”かもしれない。

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体のメンテナンス

昨日は、パピくんを連れてガールフレンドのチワワちゃんのところへ。

お天気もよく、ぽかぽか陽気の中、電車でお出かけ。

パピくんとチワちゃんは、大運動会。

チワワママとわたしは、近況報告。

チワワママは、今は脚やせ専門のエステティックサロンで店長さんをしている。

彼女は、以前もけして太っていたわけではないけれど、今の会社に入社して、すっかり脚美人に!

わたしはといえば、太っているわけではないけれど、太ももが・・・。

なにしろ、3歳でスケートを始め、その後はバレーボール、スキーといかにも太ももがたくましくなりそうなスポーツ三昧。

脚を細くすることより、いかに筋力をつけるかを考えていたような次第で(^^;)

でも、結婚し、スキーにも行かなく(行けなく)なり、筋力は衰え・・・、かなりまずい状況。

そんな脚の太さについては、あきらめ気味のわたしの耳が、チワワママの一言に反応。

「脚が細くなって老廃物が出たせいか、朝すっきり起きられるんですよね~♪」

ムム・・ム・・・。

「わたしも朝すっきり起きたいです!」

特にどこが悪いというわけでもないのに、時々、体調不良で起きるのがつらいことがあり、年に2回ぐらい、まったく起き上がれないことがあるわたし。

というわけで、昨日は、脚やせの方法を伝授してもらった。

彼女は以前、タイ式マッサージ店で働いていたこともあるので、体のメンテナンスのことは、いつもいろいろ教えてもらっている。

本当にありがたい存在です。

心の健康、体の健康、これほど人間にとって大切なことはありませんから。

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目に見えない傷

どうもわたしは悩みがないように見えるらしい・・・。

悩みのない人なんていないのにね。

ただ人間あまりにつらいことがあると、「それらをすべてぶちまけてもしょうがないじゃない」という気持ちになる。

それに・・・、一時、命を削るような思いをして自分と向き合ったわたしとしては、それらの過去のすべてを広げることには、あまり意味を感じない。

だからへらへらしているわたしを見て、「悩みないんだろうな~」とまわりの人たちが思っても仕方ないかとも思う。

流産したときにわたしは心に深い傷をおった。

身体の傷は治ったことがわかりやすいけれど、心の傷は“いつ”治ったということはとても難しい。

あの時の心の傷が「本当に」癒されたのか、私自身にもよくわからない。

心は目で見ることも手で触ることもできない。

だからこそ、心の傷は癒すことが難しいのかもしれない。

最近の悲しい事件のことを耳にすると、もう少し心の傷に目を向けたほうがいいんじゃないかと思う。

人の心の傷のことを思いやることももちろん大切だけれど、自分自身の心の傷を癒すこともとても大切なことだと思う。

自分の心の傷に無関心になると、人の心の傷にも無関心になると思うから・・・。

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「静」と「動」のバランス

この数日間、自分自身といやでも向き合わされるようなことが、次から次へと起きた。

「とりあえず」脇へと押しやっていた自分。

見てみぬふりをしていた自分。

つじつまを合わせていた自分。

そんな「自分自身」と向き合わなければならない状況が、次から次へと起きていた。

そして、「静」と「動」のバランスが崩れていたことに、ふと気づいた。

バランスが崩れていたことが、心と身体に現れた・・・。

「動」の勢いがあまりに強すぎて、「静」はその場所を追われた。

そして、その行き場を失った「静」が、今度は「動」の場を奪った。

「動」が支配していた暮らしを、今は「静」が圧倒している・・・。

その「静」の中で、わたしは「自分自身」と向き合っている・・・。

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たったひとりの存在

自然の中に行き、都会へ戻ってくるとリハビリに少なくとも一週間はかかる。

「でも、いつまでもそんなに時間をかけていられないし」と思い、今回は、沖縄から戻った2日後には、普段どおりの生活に戻してしまった。

ところが・・・。

これがどうやらまずかったらしい・・・。

心と体のバランスが、どうもしっくりしない・・・。

かえって、いつもよりも元に戻すのに時間がかかりそうだ。

わたしのまわりには、富士山に登った翌日に都会で普通に暮らせるつわものや、聖地を巡礼したあとでも、すんなり都会生活に入れる人もいる・・・。

でも・・・、やっぱり人それぞれ違うのだ。

わたしのようにすんなりとは、バランスを取れない人間もいるのだ。

それでいいのだ。

最近の社会の流れを見ていると、同じ考え、同じ意見を持つ人間を作ろうとしているのだろうかと感じることがある。

人と違う意見を言うことや、人と違う考えを持ちづらい社会が、そこには横たわっている。

「こうでなければならない」「こうあるべき」というのがあまりに強いと、それはとても息苦しいものになるだろう。

たいやきや人形焼のように型にはまっているほうが、自分では考えなくてすむぶん、楽かもしれない。

でも、それは、本当に「生きている」と言えるのだろうか?

わたしたちは、たったひとりの存在だ。

この地球が誕生してから、「あなた」という存在は、たったひとり「あなた」しかいない。

この地球が誕生してから、「わたし」という存在は、たったひとり「わたし」しかいない・・・。

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「Native Mind」

一冊の本が、人生を変えることがある。

わたしの人生に影響を与えた本は、何冊かあるが、圧倒的な何かを与えた最初の本は、この「Native Mind」だ。

読んだのは、3年前の夏の初めだった。

ネイティブ・アメリカンと呼ばれる人たちに興味を持ち始めて、7年が過ぎようとしていた。

その間にわたしは、数ヶ月をアリゾナで過ごしていたが、自分がネイティブのひとりであるということを、まったく理解していなかった。

「パンドラの箱」を開け、アリゾナから戻ってからも、以前と比べれば絶望の淵に立つことは少なくなったが、それでも「生きること」について模索していた。

アリゾナから戻ってからの3年間は、人と会うことを極端に避けた。

自分という人間と向き合う時間が、必要だと感じたからだ。

友人にも自分からは電話もせず、携帯も持たず、パソコンのメールはアドレスを変えても連絡しない・・・そんな「ひとりの時間」が流れた。

そして、この「Native Mind」と出合った。

正直に言えば、初めてこの本を読んだときに多くのことを理解したとは、とても言えなかった。ほとんど理解できなかったと言ったほうが正しいかもしれない。

でも、わたしは、「この本を書いた人に会わなければならない」と直感的に思った。

そして、インターネットで検索し、朝日カルチャーセンターでの北山さんの講座にすぐに申し込んだ。

この「Native Mind」との出会い、北山さんとの出会いがなければ、今もわたしは、さまよい続けていただろう。

心理学や精神分析や精神世界の本を読み続け、さまざまな講座を受講し、出口の見えない迷路をさまよっていたと思う。

心理学、精神分析、精神世界の本を読むことや、講座を受講することを否定するつもりはない。私自身、それらのものから多くのことを得たと思っている。

けれど、それらには欠けていることがある。わたしたちが、この母なる大地と切り離された存在になってしまっているということが、抜け落ちている。

母なる大地とつながらないままに、いくら人とつながろうとしても、満たされないものが残り続けるように、わたしは感じている・・・。

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自分の存在

20代の頃の人間関係を振り返ると、かなり悲惨な関係が多かったと思う。

嫌われることを極端に恐れ、自分の「嫌い」なものでも「好き」と言ってしまうようなことが多かった。

そうやって自分の心に嘘をついていると、自分の心が少しずつわからなくなっていく・・・。

孤独を恐れて人間関係は、共依存的になっていく。

こうなってくるとこの泥沼から逃れることは難しい。

自分でも心のどこかで「この人間関係は、おかしい。健康的ではない」と感じながらも、その関係を断ち切るのは難しい。

相手といることが、お互いにとって決してよい関係ではなく、お互いを傷つけあうだけだと感じながらもそれを断ち切れないでいる。

そこには、お互いを思いやる気持ちは存在せず、お互いがお互いを、あるいはどちらかがどちらかを、コントロールしようとする関係があるだけだ。

相手のことを一見、思いやっているような言葉も行為も、実はただ、相手を自分の思いどおりにしたいだけだったりする。

なぜ、このような関係になってしまうのか・・・?

それは、「自分の存在」をなにかによって、証明しなければならないからだろう。

今の社会では、自分自身がただ、そのままの自分として存在することは難しい。

わたしたちは、自分の存在をねじまげて生きていくことを常に求められる。

だから、思い通りにいかない部分を誰かをコントロールすることで満たそうとする。

いい大学に入ることによって、一流企業に就職することによって、多くのお金を稼ぐことによって、高級住宅地に住んでいることによって、わたしたちは自分の存在を価値あるものとして証明しなければならない。

そこには、いつも「勝者」と「敗者」が存在する。

「上」と「下」が存在する。

そこには、「差別」が生まれる。

相手をコントロールすることによって、自分が「上」であることを示さなければならない。

このような状況が、大人の世界に蔓延しているのに、どうして子供たちのいじめをなくすことができるだろう?

子供たちの世界が変わったわけではなく、大人たちの世界が子供たちの世界に映し出されているのだと、わたしは思う。

上もなければ下もない、右もなければ左もない。

始まりもなければ終わりもない。

わたしたちは、そういう世界に本来、生きているはずだ・・・。

その世界では、ただ人は、「そのままの自分」として存在できるだろう・・・。

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パンドラの箱

ずいぶん前だが、真剣にカウンセラーになろうと思ったことがあった。

自分の過去は、そのためにあったのではないか・・・?とそう感じていた。

膨大な量の心理学や精神分析、精神世界の本を読み、実際、心理学を学ぶために民間のスクールに通ったこともあった。

その過程の中で自分の過去と向き合うことを、何回となくおこなった。

子供のころからのことをできる限り思い出し、ときには自分自身に退行催眠をおこなった。

それは、自分が想像していたよりも壮絶なものになったのだが・・・。

今思えば「パンドラの箱」を開けてしまったのだと思う。

本来ならば、信頼できるドクター、あるいはカウンセラーと共におこなうことを、自分がクライアントであり、カウンセラーとしておこなった。

「パンドラの箱」を開けてから、半年間は仕事ができなかった。

1年間は、知らない人とのコミュニケーションのとりかたがおかしかった。

その他にもさまざまな症状が出た。

そして、そのつど、自分で自分を癒していった。

気の遠くなるステップを踏んだように思う。

しかし、そのことについて後悔はしていない。

先日、ある人と会話していた時に、その人が「あの頃は、本当につらかった・・・」と言った。

当時、その人は、仕事上で様々な問題を抱え、精神的に追い詰められていたのだが、その言葉を聞いたとき、自分は、「あの時は」などとつらかった時期を限定して言うことができないということに気づき、愕然とした。

「パンドラの箱」を開けるまでのわたしの生きてきた道は、いつがつらい時期だったなどということはできない。

両親のケンカはすさまじいものがあったし、父の母に対するDVはひどいものだった。

そのせいだと思うが、その頃の母の記憶は、かなりの部分が消えている。

思い出したくないものとして記憶の底に、沈んでしまったのだろう。

10代のころは、生きていることになんの意味も見出せなかった。

死ぬことも考えた。

一番初めに死ぬことを考えたのは、小学校6年生のときだ。

それ以来、何度死ぬことを考えたかわからない。

それでもどうしても死ねなかった・・・。

そして、今も生きている。

「パンドラの箱」を開ける前までは、さまざまな感情は凍りついていた。

怒りも喜びも哀しみもうれしさも、すべて凍りついていた。

ただ、あったのは苦しみだけだった・・・。

小学校6年生のときには、いじめもうけた。

夏休みの最後に風邪をひき、数日送れて学校に行くとクラスのほとんどの子から無視された。

中には、かなり陰湿なことをした男子もいた。

そんな中で、数人の子が、わたしにそれまでと同じように接してくれた。

彼女たちには、本当に感謝している。

結局、なにが原因でいじめられたのかはわからなかった。

わたしにも悪いところがあったのかもしれないが、このときにわたしは、集団の恐ろしさを身をもって体験した。

・・・・・朝から長い文章になってしまった。

でも、最近の子供たちのいじめの問題や、小学生の校内暴力、自殺といったことを考えると書かずにはいられなかった。

このコメントを子供たちが読むことはないかもしれないが、それでもわたしたちは、すべて、つながっている。

死ぬことをあれほど考えたわたしが、今もこうして生きている。

今、この瞬間も自分の道を終わりにしようとしている子供たちが、人たちがいるかもしれない。

でも、どうか、自ら命を絶つようなことはしないでほしい。

人が幸せに生きることは、様々な感情を味わい尽くすことだと、今のわたしは思っている。

悲しみも苦しみも怒りも、喜びもうれしさもたのしさも、感じることができるのが幸せなことだと思っている。

しかし、あまりにつらいこと苦しいことが多すぎると、心は凍りついてしまう。

でも、それはあなたのせいではない。

決してあなたが悪いわけではない。

どうか、あなたのまわりにあなたを理解してくれる人が、一人もいないと感じても、実は、あなたのまわりにはたくさんの目に見えないものが、あなたを見守っていることを知ってほしい。

雲の中に、風の中に、陽射しのなかに、あなたを見守っている存在があることを、あなたが気づくことを心から祈っている・・・。

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アダルト・チルドレン

かつて、わたしは、アダルト・チルドレンだった。

いや、鬱病だった。

いや、境界性人格障害だった。

父親は、酒乱で母親に暴力をふるい、家の中は、ぴりぴりとした緊張感があった。

わたしは、異常なほど耳がいい。それは、2階の自分の部屋にいるときに、突然始まる両親のケンカの声に耳を集中させていた結果かもしれない。

落ち込みが激しかったこともある。依存症になりかけたこともある。人間関係を築くときは、どこか共依存的なところがあった。

でも、医者にかかったことはない。

さまざまな理由があるが、どれほど苦しくても、自分のことを話すことに抵抗があったし、自分のことを話せるほど信頼できるドクターを探せるとは思っていなかったからだ。

その代わり、心理学や、精神分析、精神世界の本を読みあさった。

そして、出会ったのがネイティブ・アメリカンの世界だ。

それは、今もわたしを支え続けている。

結果として、わたしは、医師の診察を受けなかったことをよかったと思っている。

もちろん医師の診察を受けることも否定したりはしない。現にわたしの友人の中には、医師の診察を受け、薬を服用し、躁鬱の状態から脱した友人もいるからだ。

ネイティブ・アメリカンの世界に触れ、今、思うことは、あのころの自分がいかに自分を失っていたかということだ。

そして、いかに母なる大地と切り離されていたかということだ。

母なる大地とつながることは、この日本列島に暮らすわたしたちにとって難しいことだ。なぜなら、大地という大地が破壊されつくしてしまっているからだ。

でも、もし、今、あなたが苦しみの中にいるなら、夕日の美しさを見るためにその手を一瞬、休めてほしい。雨の音に一瞬、耳を傾けてほしい。

それらは、思いのほか、あなたをやさしく包み込んでくれると思うから・・・。

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